昔、会社の仕事の関係で、アメリカのシリコンバレーに赴任し、駐在したことがあります。初めは出張を繰り返して仕事をしていたのですが、最後はビザを取得して赴任し、駐在することになりました。
赴任したのは1998年の1月の年明けで、帰任したのは2002年7月末でした。駐在した期間は4年7ヵ月でした。
ここでは赴任して駐在した時の、生活の立ち上げと生活の様子を紹介します。
住むところを探す。
赴任して最初にしなければならないのは、住むところを探して決めることです。
赴任直後は、会社が借りていたアパートに一時的に滞在しました。アメリカでアパートというと、日本のマンションに相当します。広くて大きいです。
住むところを探す方法は次のような感じになります。
- 先に駐在している仲間に紹介してもらう。
- 日本の方がやっている不動産屋さんに頼む。
- インターネット等で自力で探す。
私は同僚が住んでいるアパートに空き部屋があったので、そこを紹介してもらいました。部屋を探す時に重要視したのは、住む準備を簡単にしたかったので、家具付きの部屋を探しました。
アパートの様子について
アパートがある場所はパロアルトという街です。スタンフォード大学が近くにあります。部屋は7階建ての4階で、家具付きの広い1ルームでした。私は一人でしたので、十分な広さでした。
近くには公園などもあり、緑が沢山ある場所です。メインストリートから2ブロック離れていましたので、とても静かな住宅街でした。
部屋はキッチン、居間、広いクローゼット、前面鏡張りの広い机兼化粧台、トイレ、バスに分かれていました。部屋の床は絨毯です。家具は、キングサイズのベッドとマットレス、4人掛けのソファーとテーブル、本棚、冷蔵庫、大型オーブン、食器洗い機、3つの電気コンロがありました。
洗濯機置き場は無く、洗濯機は各階の外に25セントコインで使える洗濯機と乾燥機が2台づつ用意されていました。また、ダストシュート(ゴミ捨て口)が各階の外にあり、ゴミ捨てが簡単にできて便利でした。びんやカンなどのゴミの分別はありました。
地下が車の駐車場になっていて、駐車場の入り口には鉄のシャッターがあり、車で出入りする時は車の中からリモコンでシャターを上げていました。閉じるのは自動でした。
私の駐車スペースは壁沿いの端で、何回か車で壁を擦ってしまいました。鍵は2つあり、建物の入り口の扉と部屋の鍵です。
アパートの敷地には、小さなプールと管理事務所がありました。平日は管理人さんが管理事務所にいました。毎月管理人さんに小切手で家賃を払っていました。家賃は当時月当たり1800ドルくらいでした。
パロアルトの街について
パロアルトはスタンフォード大学がある街と言われますが、正式にはスタンフォード大学がある場所はスタンフォードであり、スタンフォードの隣がパロアルトです。それでも、中央を走っている道路名はユニバーシティ・アベニューです。
パロアルトの中心部は閑静な住宅街と言った感じの街でした。メイン通りとその近くにお店が集中して並び、その他は住宅地が多かったです。
アパートの近くに珍しく、鉄道の駅がありました。駅名はパロアルトで、カルトレインというディーゼル列車の駅です。サンフランシスコとギルロイ(シリコンバレーより南に位置する街)間を走っている列車で、主に通勤列車として使われていました。
このカルトレインとバート(ベイエリア高速鉄道)を使うと、パロアルトからサンフランシスコ国際空港に行けます。ミルブレー駅でバートに乗り換えます。
当時はまだバートが工事中で、ミルブレー駅と空港の間は専用バスを使用していました。車を使わなくても、空港に行けるのは便利でした。
また、パロアルトにはゴルフ場があります。パロアルトに住んでいる人が優先して予約できるゴルフ場です。パロアルトに住んでいたので、よく利用していました。
利用料金が日本と比べると非常に安く、カート代コミで40ドルくらいでした。距離も長く、ちゃんとした普通のゴルフ場です。
生活必需品の買い物について
家具付きアパートを借りたので、生活必需品の買い物は,比較的簡単でした。買った物は次の通りです。
- 寝具類(薄い掛け布団、毛布、シーツ、ベットパッド、枕)
- 食器類
- テレビ
- オーディオデッキ
- 電話機
- 掃除機
- ゴルフ道具一式(必需品ではないかもしれませんが)
買った場所は次の通りです。
- Great Mall大型ショッピングセンター
- Fry's大型家電量販店
- ゴルフ用具専門店
日用品の買い物について
日用品の買い物は次の場所を利用しました。
- Safewayスーパーマーケット
- コストコ(アメリカではコスコと言います)
- ミツワマーケットプレイス(日系のスーパー)
- ニジヤマーケット(日系のスーパー)
- 紀伊国屋書店
コストコは会員になりました。
電話・携帯・インターネットについて
電話は電話機を買ってきて回線につなぎ、AT&T電話会社に電話して申し込みました。聞かれたのは電話番号の選択、通話の範囲(市内電話、長距離電話を使うか)、電話番号を電話帳に載せるか、支払い方法でした。
支払い方法はクレジットカードにしました。なお、回線の工事とかは特にありませんでした。
携帯電話は会社で契約したものを持たされいました。インターネットは会社で使用できましたので、アパートでは使いませんでした。
テレビについて
テレビは家電量販店で29インチのものを買ってきて、部屋まで配線されているアンテナ線につなげたら、見ることができました。
ケーブルテレビなどの契約は特にしなかったので、無料で見るとこができるチャンネルを見ていました。FOX、ABC、CBS、NBCなどです。
その中に日本のテレビ番組を放送しているチャンネルがありました。NHKの連続テレビ小説、NHKの午後7時のニュース、NHKの大河ドラマを見ることができました。『ちゅらさん』を見た覚えがあります。
2002年の日韓ワールドカップの時もアメリカにいたのですが、アメリカのテレビ局ではサッカー中継がなかったので、ラテン系の放送局で中継しているのを、夜中に見ていました。
サッカー中継なので、言葉が分からなくても、映像と音だけで十分楽しめました。でも、時差がきつかったです。
SSN(ソーシャルセキュリティナンバー)の取得について
SSNは日本のマイナンバーに相当するものです。ビザを取って駐在して働く場合は、SSNを取得する必要があります。
SSNは色々なケースで必要になります。例えば、運転免許証を取る場合やクレジットカードを申し込む場合などです。
SSN取得に必要な書類と取得の流れは次の通りでした。
【SSN取得に必要な書類(L1 VISAの場合)】
- 記入済申請書(申請書はソーシャルセキュリティオフィースか、ホームページからのプリントアウトで入手できます。)
- ビザありパスポート
- I-94(出入国カード。現在は電子化されていますので、CBP(国境取締局)ホームページからプリントアウトする必要があります。)
【SSN取得の流れ】
- SSN取得に必要な書類を持って、近くのソーシャルセキュリティオフィースに行きます。予約とかは特にしませんでした。
- 受付整理番号機から整理番号券を取ります。
- 順番が来たら書類を提出して申請します。申請時、いくつかの簡単な質問をされます。
- 書類に問題がなければ申請が受理されます。
- SSNカードは後で自宅に郵送されてきます。
注意事項
入国後すぐに申請すると、入国データが反映されていない場合があります。申請する場合は2週間後以降に申請しましょう。
車の手配について
赴任直後はレンタカーを借りていましたが、直ぐに会社が契約しているリースカーに切り替えました。最近日本でも軽自動車などで見かける、コミコミ月額1万円リースカーと同じ感じです。
車は新車で車種と色は選ぶことができました。選んだ車は、スバルのレガシーのセダンで、色はシルバーでした。リース代は給料からの天引きで、会社からの補助がありましたので、それほど高くありませんでした。
車の運転免許証の取得について
赴任直後は持参した国際免許証で乗っていましたが、なるべく早くアメリカの免許証を取れと言われていました。ですので、リースカーが来た時に直ぐに免許証を取りました。
試験は筆記試験と実技試験があります。カルフォルニアでは日本語で筆記試験を受けることができます。実技試験は自分の車を持ち込んで、自分の車で受けます。
日本の免許証を持ってる場合の、必要な書類と取得の流れは次の通りでした。
【筆記試験に必要な書類】
- 記入済申込書(DL44。DMV(州政府の陸運局)サイトからプリントアウトできます。)
- パスポート
- SSN(ソーシャルセキュリティナンバー)
- I-94(出入国カード。現在は電子化されています。CBP(国境取締局)サイトからプリントアウトする必要があります。)
- 日本の免許証と国際免許証
- 現住所が確認できる書類2つ(2016年から必要になりました。住所が書かれている郵便物などです。)
【筆記試験の流れ】
- 日本語の電話帳の付録に載っている問題集をやります。勉強はこれでOKでした。
- DMVのサイトから申込書(DL44)をプリントアウトして事前に記入しておきます。
- 必要な書類を持って最寄りのDMVに行き、筆記試験の申込をします。事前にインターネットや電話で予約できます。私は予約なしでしたが、それほど待ちませんでした。
- 申込書の記入内容が確認され、視力検査を行います。
- 写真撮影レーンに並んで写真撮影を行います。
- 筆記試験を受けます。昔は紙とマークシートでしたが、現在はタブレットになっているようです。日本語の問題を選択できます。3択問題です。
- その場で合否をチェックされます。ダメだった場合は後2回受けられます。(1回の申込で3回まで受けられます)
- 合格すると、仮免(実技練習許可証)をもらえます。
- 実技試験を予約して終了です。
【実技試験に必要な書類】
- DMV Registration Card(車の登録証)
- Insurance Card(車の保険証)
- 仮免許証
【実技試験の流れ】
- 受付で必要な書類を提出します。
- 指紋採取後、車を指示された位置に移動し、運転席側の窓を全開にして試験開始を待ちます。
- 試験管か来たら、試験管の指示で車の部位の動作確認を行います。ウィンカー、ブレーキランプ、ワイパー。
- 次に車の部位の指差し確認を行います。ライト、エマージェンシーライト(ハザードランプ)、デフロスター、エマージェンシーブレーキ(ハンドブレーキ)。
- 次に運転席側の窓から左腕を出して、手信号の確認を行います。右折、左折、ストップ&スロー。
- 試験管が助手席に乗り、試験開始です。試験管の指示通り運転します。
- DMVの周りの道路を約20分運転します。車線変更、駐車、バックなどもあります。
- 採点は減点方式です。クリティカルエラー(事故になるような致命的なミス)をすると一発不合格になり、その場で終了です。
- 合格すると、紙の免許証がもらえます。本物が郵送されてくるまでは、これで運転できます。
私は運良く、両試験とも1回で合格できました。実技試験の方はギリギリの合格で、後1回ミスしたら不合格でした。
実技試験では、試験官が助手席に座ってチェック用紙に書き込むので、あッミスったかな、などちょっと気になりました。
実技試験で特に注意したいのは、1発不合格になるクリティカルエラーです。事前に内容を確認しておきましょう。また、使われる英語も事前に確認しておきましょう。
銀行について
銀行は長期出張した時に、三菱UFJ銀行と関係のあるユニオンバンクに口座開設をして使っていましたので、そのまま引き続き使用しました。
口座の種類は、チェッキングアカウント(小切手用)とセービングアカウント(普通口座)です。
銀行からは小切手(アメリカでは『チェック(Check)』といいます)と、クレジットカード、デビットカード、キャッシュカードとして使えるカードをもらっていました。
部屋の家賃は毎月、小切手で支払っていました。車のガソリン代は、デビットカードで支払っていました。デビットカードを使う場合は暗証番号(PIN)の入力が必要になります。
歯医者について
アメリカの医療機関で使用したのは、歯医者さんだけでした。差し歯をつなげたブリッジが取れてしまった時と、定期的なクリーニングでお世話になりました。
私は会社の団体保険に入っていたので、治療代はそれほど高くなく、リーズナブルかなぁと思いましたが、ネットなどを見ると、アメリカの歯の治療代がめちゃくちゃ高額であるというのをよく見かけました。
アメリカに長期滞在する場合は、日本で事前に歯の治療をしておきましょう。
余談ですが、アメリカの歯医者さんは分業制になっているようです。一般的な歯の治療と神経治療では、別の歯医者さんに行かなければなりませんでした。
一度治療中に神経治療が必要になった時、数軒先の別の歯医者さんに行かされて神経治療をし、また元に戻って続きの治療をしたことがありました。
食事
赴任した時の朝食はほとんど食べていませんでした。オレンジジュース一杯だけで、たまに会社のカフェテリアでドーナツを食べる程度でした。
昼食は外食が多かったです。同僚らと車でレストランを順番に回っていました。中華のやむちゃにもよく行きましたが、とても美味しく、昼食にはぴったりでした。
夕食も外食で、決まった日本食レストランで毎日食べていました。
会社について
会社は何もなければ、朝の9時30分ぐらいに出社して昼まで働き、昼の12時くらいに昼食を食べに行きます。昼食から帰って、夜の19時ぐらいまで働き、その後夕食を食べに行って、そのまま帰宅する感じでした。
働く場所は、個人ごとに塀に囲まれた部屋を割り当てられ、電話とパソコンをもらって、そこで働いていました。
アメリカは会社も自由な雰囲気があり、卓球台とか、バスケットコートなどもあり、昼休みにはローラーブレードで会社の周りを回っている人もいました。
また、仕事は成果主義のようで、成果を出していれば、働き方は個人に任されているように感じました。
通勤について
会社へは、車で高速フリーウェイ101を走って通勤していました。約25分でした。
出社時は、朝9時からカープール(高速車線は2人以上乗車していないと走れない)の制限が解除されていましたので、朝9時直後ぐらいに高速フリーウェイ101を走るようにしていました。
帰宅時は、夕食を食べた後でしたので、夜20時くらいになり、高速フリーウェイ101も空いていました。
出張について
出張は飛行機を利用して、アメリカ国内外に行きました。飛行機とホテルの予約は会社の担当者に頼むと予約してくれましたが、急ぐ時は自分でやりました。
出張先でレンタカーが必要な場合は、出張先の空港で借りていました。予約は特にしなくても大丈夫でしたが、念のために予約した方がよいかもしれません。
行く時は、自分の車でサンフランシスコ国際空港か、サンノゼ国際空港に行き、空港の駐車場に車を預け、飛行機で出張先に行きました。
出張先でレンタカーが必要な場合は、空港で借り、ホテルにチェックインする感じでした。アメリカは国内でも時差がありますので、注意する必要があります。
また、当時はカーナビが無かったので、出張先のホテルの場所がなかなか分からなくて、車でうろうろして探したこともありましたので、場所は事前に確認しておいた方がよいです。
休日の過ごし方について
会社は土曜日、日曜日、祝日が休みでした。何年か駐在すると、一時帰国休暇を取ることができます。アメリカの祝日は10日で、日本の15日と比べて少ないです。
土日のどちらかは、ゴルフをしていました。一人で駐在している方も多く、自然とゴルフ仲間ができました。日本と比べるとゴルフ代が安いです。ほとんどのところは50ドル以下でできました。
アパートからゴルフができる服装をして、車でゴルフ場に行き、セルフのカートで18ホールを一気に回り、終わったら帰るといった感じでした。昼食休みや風呂などはありません。
1度、4日間連続でゴルフをしたことがあったのですが、さすがに疲れました。プロはこんなことを毎週やっているのかと思ったら、ゾッとしました。
日本から出張者が来た場合は、休日でも対応することになります。シリコンバレー回りの観光スポットは、案内で何回も行きました。
その他の項目について
次の項目は、下の別記事で説明しておりますので、申し訳ありませんがそちらを閲覧してください。
- チップについて
- 気候について
- 服装について
- 散髪について
- 日本との連絡について
- 日本食レストランについて
- 利用した施設について
-
【アメリカ生活】シリコンバレーに90日間長期出張した時に必要だった情報を紹介します。
アメリカで生活した情報をシリーズで紹介します。 実は昔、会社の出張や赴任で、アメリカで生活したことがあります。初めてアメリカに出張したのは、1996年1月8日の年明けでした。期間は90日間(3ヶ月間 ...
続きを見る
終わりに
アメリカのシリコンバレーに赴任して駐在した時の、生活の立ち上げと生活の様子を紹介してみました。
最後まで閲覧して頂き、ありがとうございました。
それでは、また。